違和感を言語化して日常を変えていくブログ

思考の記録です 心理学なんかに興味あります 基本雑学 趣味はナンパです

F欄大学は高学歴のおっさんたちのパイを増やす戦略

ちょっとだけ古い価値観の話かもしれないが書く。

 

この年になって思うのは、もっと早く始めておけばという思いだ。

 

この年といっても20代半ばなわけだけど、今の10代のネット芸人のすごさをひたすらに感じざるを得ない。

 

そこから悔しさというか、怒りみたいな感情が動いたのでそれを書きなぐってみた。

 

 

 

 

結局は教育だってビジネスだ。

 

教育が浸透すると一番誰が得するのかを考えなければならない。

 

もちろん教育界においてのトップの東大卒の官僚たちだ。

 

自分たちが一番だという既得権を強化するものだったのではないかと思っている。

 

だって大学行くことが足り前じゃない時代の人たちにとっては、地元の国立大学と東大のランクは同じに見えてるし、受験勉強っていうストーリーを体験していない人には灘高校という名前さえも知りはしない。

 

大学に入るといい会社に入れるというストーリーを広く信じさせることで、より自分たちの競争優位性が上がるからだ。

 

ある共通のネタに自虐していた同級生の言葉がある。

 

自分たちは青春を犠牲にして勉強してここまできたんだから。。。

 

そして、自分の世間様から見たら高学歴の部類に入るから、その人たちに共通する不文律のこの感覚を多少理解できる、が

 

こういう、親とか学校に決められたレールに乗ることが絶対正義でそれ以外に成功する人をばかにする空気感(ほんとうは他力本願な自分の想像力の欠如が一番馬鹿なのだが)がとても苦手だ。

 

結局は自分の生きてきた道を否定されるのが怖いだけの臆病な現実を認めることのできないバカなだけなのに。

 

まあそんな自分もそんな一人であるから流されないようにしたいと思う。

 

で少し話はそれたが、

 

高学歴のエリートたちは、若いとき、思春期真っ盛りのときちゃらちゃら女の子と遊んでいたのに、大人になっても自分たちより金も女も不自由していない人間が存在することに憤りを感じているのでは?

 

とふと思ったのだ。

 

そういった現象が起きるのはたとえ中学生とか高校生なんかでドロップアウトしたりしても、10代後半、20代前半の若さがあれば逆転できる事実に目を付けた人がいたのであろう。

そこの芽をつぶせばいいのではないか?

 

ということが発端なのではないかと思っている。

 

大卒じゃないと正規雇用されず、いい暮らしができないというヒエラルキーを作り、常識というものを大衆にばらまくことでそこから外れることに恐怖を感じさせ、人を自分の業界に引き込むする

 

そんなビジネスモデル。

 

結局はおっさんたちが自分たちの無駄な努力が報われたいと思う自己防衛反応からその仕組みをばらまくことで若い日本人の貴重な時間を搾取。

 

その結果停滞する20年間が生まれたのではないかという俺の怒りをぶつけてみた。

 

だってねぇ。歴史に名を遺す偉人たちはやっぱ10代、20代から動いてるもん。

 

その人間の真っ盛りの時期を画一的な教育というロボット製造工場に時間を奪われてしまってはどうしようもないですよ

 

自己防衛に走るとほんとによくないね。結局自分で自分の首を絞めることになる。